体調がいちばん悪い日に、その人のチャットはいちばん明るく見えました。
スタートアップでマーケティングをしていた相談者さんです。いまは休職して実家で療養しています。リモートで場の空気を悪くしないよう、テキストの文末に音符やキラキラのマークをつけていた。しかも、しんどい日ほど丁寧につけていたそうです。
話しはじめの声は思ったより明るく聞こえました。「もう結構、元気になってきた感じですね」。そう言った直後にこう続けます。「まあ、引きこもってるし働いてもいないんですけど」。
明るく見せるのが上手い人ほど、そのしんどさは誰にも届きません。なぜ元気に見せるほど、その人は追い詰められていったのでしょうか。
元気なふりはいちばん高くつく
音符やキラキラは悪気どころか気づかいです。
リモートだと表情が伝わりません。だから少しでも場を明るくしようと、文末に記号をひとつ足す。それ自体はやさしさです。問題はその人がいちばん体調の悪い日ほど、その演出を丁寧にやっていたことでした。しんどいほど明るく見せようと頑張ってしまう。
でも元気に見せるのには体力がいります。ほんとうはベッドから出るだけで精一杯の日に明るいふりを上乗せする。誰にも頼まれていないその上乗せが、残りわずかな力をさらに削っていく。演じるコストはまわりには一円もかからず、本人にだけ全部かかるんです。
たとえるなら熱があるのに笑顔で接客し続けるようなものです。お客さんには元気に見えても、体温はどんどん上がっている。チャットの音符ひとつも、その人にとっては小さな接客でした。一日に何十回も、見えない笑顔をつくり続けていた。倒れるまで気づかないのも、当たり前かもしれません。
「もう結構、元気になってきた感じですね」の直後に「引きこもってるし働いてもいない」。この落差がその人の状態を正確に表していました。明るく聞こえる声と、実際の生活がかみ合っていない。
元気そうと元気は別のものです。むしろ元気そうに見せるのが上手い人ほど、中身の消耗は深く進んでいることがあります。上手さがそのまま危険のサインを覆い隠してしまいます。
「元気だね」は他人が決めた合格点
外から「元気だね」「もう大丈夫そうだね」と言われるうちはまだいけると思ってしまいます。
でもその「元気」は、たいてい周りがつけた合格ラインです。相手が見て安心できる状態を、いつのまにか自分の目標にしてしまう。そこに自分を合わせ続けると、本当の限界のサインが自分にも見えなくなっていきます。
厄介なのはこの合格ラインが優しさや気づかいの顔をしていることです。周りを心配させたくない、迷惑をかけたくない。そのまっとうな気持ちがそのまま自分を追い込む物差しに変わる。悪いことをしているつもりはみじんもないのに、いちばんまじめに気をつかう人ほど、いちばん深く削れていくんです。
しかも演技が上手い人ほど、周りは異変に気づけません。ちゃんと音符もつけて、返事も明るい。だから倒れて初めて「そんなにしんどかったの?」と言われる。見えない無理は隠しているから見えないのではなく、上手に元気を装えるから見えないんです。
この相談者さんも、休職に入る直前までまわりからは「持ち直してきた」と見られていました。いちばん削れていた時期に、いちばん元気そうに見えていた。他人の合格ラインに合わせることが、そのまま自分を追い込む形になっていたんです。
弱くなったのではなく基準が戻っただけ
別の相談者さんがこんなことを言っていました。「昔はどんな我慢や負荷にも耐えられたのに、いまは耐えられないんです」。
その人は自分が弱くなったと落ち込んでいました。でも私は逆の見方もできると思いました。弱くなったのではなく、基準が正しくなっただけです。すり減らさないと働けないという前提のほうが、そもそもおかしい。それに耐えられなくなったのは感覚がまともに戻ってきた証拠でもあります。
その人が見つけた回復の一歩は「人に言えないくらいハードルを下げて、まず一文字だけ書く」でした。元気に見せることでも、前と同じ量をこなすことでもない。他人の合格ラインをいったん手放して、自分がいまできる最小まで下げる。基準を自分の側に取り戻す作業です。
一文字だけ、と聞くと拍子抜けするかもしれません。でも他人の目には見えないくらい小さいからこそ、自分の感覚で決められる。誰かを安心させるためではなく、自分がいま動けるかどうかで測る。その一文字が取り戻しの最初の一歩でした。合格ラインは下げてはいけないものではなく、自分に合うところまで下げていいものなんです。
偉そうに書いていますが私自身、「外面良い人材」です。「今日しんどいな」の時こそ「笑顔3割り増しで」と繕ってしまいます。何を守りたかったんでしょうね。まず自分を守らないといけなかったのに。これも順番だったんだと思います。まず自分。次に周りの人。段々と輪を広げていく順番思考が大切だったようです。
うまく元気を装えたら黄信号
いちばん元気そうに見える人がじつはいちばん無理をしていることがあります。
元気に見せるのが上手くなってきたら、いちど立ち止まってみる。それはもしかすると限界のサインを自分で塗りつぶしはじめた合図かもしれません。
元気そうに振る舞えることはたしかに強さでもあります。ただその強さが自分の悲鳴をいちばん先に消してしまうこともある。
大事なのは他人がつけた「元気だね」に合わせることではなく、自分の合格ラインを自分の側に置き直すこと。音符もキラキラも、しんどい日には外していいんです。
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書き手(佐野創太)のプロフィール

すり合わせ学の編集長/退職学®(resignology)研究家
法人・組織の「ずれ」を力に変え、個人には本とキャリア相談から次の一歩を届けています。
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著書一覧
(1)『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!転職後も武器になる思考法』(サンマーク出版/台湾版あり)
・新装版:『脱 会社辞めたいループ 辞めたいけど辞めたくない人のための転職の思考法』(サンマーク出版/タイ版あり)
(2)『ゼロストレス転職 99%がやらない「内定の近道」』(PHP研究所)
(3)『転職・退職を考えたら知りたいことが全部のってる本』(主婦の友社)
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