看護師からエンジニアになった人が「やりたい仕事がわからない」と言った

やりたい仕事ってどこにあるんだろう。一回見つけたと思っても違和感が出てきたり、探せば探すほど見つからなくなったり。と思ったらふと顔を出してきたり。みんなどうやって見つけてるんだろう。ということで、ひとつ具体的なひとりの話をお伝えします。看護師からエンジニアへ、畑ごと変える転職をやり切った相談者さんがいました。国家資格を手放して未経験からコードの世界に飛び込んで、食べていけるところまで自力でたどり着いた人です。

それなのに電話の向こうで「次にやりたい仕事が、自分でもわからないんです」と言ったきり黙り込む。これだけ大胆に人生を動かせた人が、なぜ次の一歩だけ選べないのか。やりたいことが無いわけではなさそうなのに、その人はどうしても自分の答えに近づけずにいました。

「やりたいことは?」がいちばん人を黙らせる

話を聞くほど、その人が自分に投げている問いの大きさが見えてきました。「命をかけてでも続けたい仕事は何か」「本当に自分がやりたいことは何か」。相談者さんが毎日ぶつけていたのは、いつもこの飛び切り大きい問いです。看護師を辞めるときに一度は答えを出せたぶん、次も同じ大きさの答えが出せて当然だと思っていたのかもしれません。でもこの手の問いは大きすぎて、手前で足がすくみます。一生を賭けるに値する100点の答えを出さなきゃいけない気がして、70点の素直な本音すら言えなくなる。

「これが好きかも」と言いかけては「いや命をかけるほどかというと違う」と自分で打ち消してしまうんです。相談のあいだも、私が方向をひとつ挙げるたびにその人は「でもそれ、命をかけられるかと言われると自信がなくて」と首を振りました。せっかく出かかった選択肢を、一番大きい問いで自分から消していく。就活でも面接でも「本当にやりたいことは」と何度も聞かれ、答えられないと熱意が無いと見なされてきた人ほど、この癖が体に染みついています。

皮肉なもので、大きな決断ができる人ほど、次も同じ大きさの答えを自分に求めてしまう。行動力があることがそのまま足かせになっていました。そのとき思ったのは問いにも温度のようなものがあるということでした。熱すぎる問いは正しくても手で触れられない。やりたいことが無いのではなく、問いが熱すぎて、その手前で固まっていただけだったんです。

「嫌じゃない仕事は?」で人は動き出す

だから私がしたのはその問いをぬるくすることだけでした。「命をかけたい」を脇に置いて、「ストレスが少ないのはどっちですか」「一日じゅうこれだけやっていても平気な作業はありますか」「前の仕事でこれは苦じゃなかったな、と思うことは」と聞いていく。熱くて口をつけられなかったお茶を、そのまま飲める白湯にする感覚です。すると、さっきまで黙っていた人から言葉がこぼれ始めました。

細かい仕様を黙々と整える時間が好きだとか、看護師の頃も記録をきれいに揃えるのは苦じゃなかったとか、人前で話すより一人で手を動かすほうが落ち着くとか。どれも派手な夢ではありません。でもその人が実際に何時間でも続けられる作業ばかりでした。熱い問いが「理想の自分」を測る物差しだとしたら、ぬるい問いは「いまの自分」にそのまま触れる物差しです。前者では誰でも落第してしまうけれど、後者ならほんとうのことが言える。だからまず、いちばん低い温度から入ります。憧れでも使命でもなく、ただ手が止まらないのはどれか。

そこには見栄も正解もないぶん、本音がまっすぐ出てきます。途中で「あれ、私こういう地味なの、けっこう好きかもしれません」とその人がふいにつぶやきました。私が言わせたのではなく、自分で見つけた手応えです。大きな「やりたいこと」ではなく小さな「これは嫌じゃない」のほうから、その人の輪郭が立ち上がってきました。

探すのをやめた人から見つかる

「やりたいこと」は、どこか外に探しに行くものだと思われています。でも、いくら求人を眺めても自己分析を重ねても出てこないのは、それが無いからじゃありません。たいていは最初から自分の中にあって、「命をかけられるか」という熱い問いに煮立てられて、見えなくなっているだけです。探す量が足りないのではなく、問いが熱すぎて近づけない。そもそも私たちは大きい問いを持つことが立派だと教わってきました。夢は大きく、志は高く。だから問いをぬるくするのは手を抜くみたいで、どこか後ろめたい。

でも実際は逆で、ぬるくしないと本音のほうが出てこないんです。これは相談に来た人だけの話ではなくて、私自身がいちばんやります。何かを決めたいときほど「本当にやりたいことは何だ」と一番大きい問いを自分に投げて、勝手に黙り込む。本を書くときも「世界を変える一冊を」と構えた日は一行も進みません。「いま自分が困っていることを一つだけ」まで下げて、やっと手が動きだす。だから自分が黙り込んだら、まず火を止めるようにしています。熱い問いを持てること自体はまじめさの証です。

ただその熱で自分の答えまで見えなくしているなら、いちど火から下ろしていい。答えは逃げません。温度が下がるのを、その人の中でずっと待っているだけです。

やりたいことは遠くに探しに行くものだと思われています。でも私が見てきたかぎり、たいていの答えは最初からその人の中にありました。見えなくなるのはそれが無いからではなく、「命をかけられるか」と一番熱い問いで自分の答えを煮立たせてしまうからです。だから探す量を増やす前に、問いの温度を下げてみる。飲める白湯くらいまで冷ませば、答えはもう、ひとりでに湯気を立てているはずです。同じ相談でも、問いの温度がひとつ下がるだけで、行き先はずいぶん変わります。

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書き手(佐野創太)のプロフィール

佐野創太(すり合わせ学の編集長/退職学®研究家)

すり合わせ学の編集長/退職学®(resignology)研究家

法人・組織の「ずれ」を力に変え、個人には本とキャリア相談から次の一歩を届けています。


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